容疑者Xの献身は直木賞受賞のミステリー。
名作と名高いが、話題作ともてはやされてる時期に読んだ印象は、
うまい御涙頂戴ものだが名作といえこの程度か、だった。
しかし今これを読むと、容疑者X=石神の心情に恐ろしく共感でき、これが名作だと腑に落ちた。
そして、その印象に至った理由を突き詰めると、、
読み手である自分が人生経験を重ねた事にありそうだ。
そしてその経験とは、、
日々いろんな事に折り合いをつけ懸命に生きるこの女性には幸せであって欲しい。
そう願えるヒロインに出会ったこと。
かなり年配のヒロインだが、
懸命な生き様が当人を恐いほど美しく輝かせている。
状況は当人にとって必ずしも良好なばかりではなく、
それでもなんとかやっていこうとするその姿に神聖さすら感じさせられる。
単に性欲の対象としてではなく、
こんな女性にこそ幸せであって欲しい。
「救われるべき人間が救われる世の中であって欲しい!」
そう思える女性に。
自分には権力も権限も、石神ほどの覚悟も才覚もなく、
なにもできなく恥ずかしくて消え入りたい心情なのだが。
さて、気を取り直し、
まさかのミステリーで大袈裟な事になったが、
人生経験を経て印象が変わる書籍の事例はいくつもある。
青雲の志に燃えていた若い頃は人生の指針とすらしていた論語は、
しょぼいキャリアの最終局面になると、形式主義で無意味なものに見えるし。
若年に御伽話程度の印象だった福音書は、
しょぼいキャリアの最終局面では、哲学としても優良な書籍に見える。
書籍は読み手の人生経験次第でその読まれ方が変わるということかな。